<14> 歯周病とのたたかい、ふたたび
歯周病対策が見つかり、口の中が楽になったらしいのをきっかけに、マインの調子は劇的に改善した。散歩でいつも出会う人たちに「犬が変わったのかと思った」と言われたほどだった。
だが、よく聞いていたことがある。老犬は何かが良くなったと思っても、その状態が続くのは短い、と。それは確かなのかもしれなかった。
数ヶ月したところで、ごはんの飲み込みが遅いことに気づいた。やっていたのはこれまでと変わらず、フードプロセッサーですりつぶした手作りごはんだったので、かたいということはない。
口で吸い上げるようにしては、吸い上げられなくて落とし、自分でももどかしそうにしている。そのうちにそれが嫌になったのか、途中でやめて、手を舐め始める。
もっと水分を増やした方がいいのかと煮汁を多めに入れてみるが、水分を先に舐めとって、結局は同じことになる。食べるのが何よりも好きな子が。
まもなく、口の左横から膿混じりのよだれが垂れるようになった。
ああ、また、歯周病……。
思い当たることはあった。
マインの口内ケアをしてやる時、私は左手を下にして横抱きにする。口の右側からマコモ液に浸した布を噛ませるので、右側は歯垢もかなり取れて、きれいになっていた。
しかし、私は反対側の横抱きがどうしてもできず、したがって、マインの口の左側はあまりきれいにできていなかった。
わかってはいたが、マコモ液は回っているだろうし、少しは触れているし、なんとかなっているだろうと思っていたのだ。左側の膿がいつも少し残っていたのには気づいていても。
左側をしっかりやらなかったせいだ……。 左側から垂れる膿混じりのよだれを見ると、そうとしか思えない。またしても後悔の念が沸き起こる。
なんとしてでもやればよかった、やろうとはしたのだ。しかし、慣れていない方向で抱っこをしようとすると、マインも激しく抵抗した。自分も慣れていないので、おさえがきかない。何を言っても言い訳だろうか。
よし、今からでもなんとかやろう。最も近い食料品店が数十キロ先という場所で 左ハンドルの車を運転しなければならなくなったら。双子の子どもと一緒に災害にあって、二人を抱えて逃げなければならなくなったら。どちらかの手でしか抱けないと言えるか。
そんなことを考えて、なんとか反対向きに抱っこして、左側のケアをしようとしたが、マインは首がもげるかと思えるほどに暴れた。
こうして無為に時は過ぎていく……。
自分で食べさせると、相変わらず水分がなくなったら途中でやめたり、散らかしたり(これまでにはなかったことだ)するので、小皿に少しずつ水分を調整しながら入れて、数回に分けて、私が手に持って食べさせるようになった。
いつも口をくちゃくちゃするようになった。口の中に水が溜まっているような音だ。寝ている間もしょっちゅう起きては手を舐めている。口臭もひどくなってきた。
前回、歯周病がひどくなった時の記憶が蘇る。あの時も、そんなこんなのうちにどんどん元気をなくしていったのだ……。
口内ケアの方は相変わらず左はうまくできない。それでも、せめてマメにと、一日に2回、ごはんのたびにやるようにした。
一方では、別の問題が起こっていた。少し前からなのだが、夜になると、首を「カクカク」するようになったのだ。
ブランケットをもしゃもしゃとかき集めて「巣作り」をしている時、おすわりをしている時、歩いている時など、起きる状況はさまざまだったが、のけぞるように痙攣を起こす感じだ。失神はしない。自分でも一瞬びっくりした顔をする。
「てんかんの部分発作」というものかと思ったのだが、往診で鍼灸をしてくれるH先生に、スマホで撮った動画を見せるとそうではなく、「肝の失調」から来ているようだとのこと。
「肝」とは、中医学の「五臓(肝、心、脾、肺、腎)」の一つ。漢方薬の輸入・販売を行なっているイスクラ産業株式会社のホームページでは次のように説明されている。
中医学でいう肝は、西洋医学でいう肝臓の働きだけでなく、自律神経系や新陳代謝の機能を担い、全身の「気(エネルギー)」の流れをコントロールし、精神を安定させたり、内臓の働きをスムーズに保ったりする役割をしています。また、肝は血を貯蔵し、必要に応じて供給するという血の調節機能も担っています。
肝の血が不足して、血流の調節ができなくなると、筋肉を含む「筋」に十分な栄養が送られず、しびれやけいれん、筋肉のピクピク、震えが起こるらしい。 そして、肝の失調がどうして起こるかというと、やはりイスクラ産業株式会社のホームページには、次のような記述がある。
五行学説によると肝は春にあたる臓器で、春の草木のように「のびのびとしている状態」を好むことが特徴。そのため、ストレスが溜まると肝の機能が低下し、消化器系の不調や疲労感、イライラ、憂鬱といったさまざまな不調が現れるようになります。
ストレス……。
思い当たることは口内ケアしかなかった。時期的にも符合する。そんなにストレスだったとは。嫌がってはいたけれど。でも、あれができるようになったからこそ、歯周病が改善して、元気になったのではないか。
複雑な思いでいると、H先生は「まずは痛みがあるでしょうから、抗生剤を出しましょう。その間はちょっとお口のケアをお休みしてはどうでしょう。お互い、ストレスになっているのでは」と言ってくれた。
お互い……。
たしかに、私もストレスがたまっていたのかもしれなかった。喉にいつも何かが引っかかっている気はするし(白いごはんを飲み込むなどしてみたが、それで取れるものではなかった)、立ちくらみやめまいもよく起きた。首が左右に回らなくなって(文字通り身体的に)横を向くには身体ごと向けなければならない。
子どもがよくなるチックも肝の失調らしいのだが、やはり親がストレスをかけていることも多いらしい。「母子同服」といって、子どもの病気を治すために母親も同じ薬を飲むこともあるという。
ストレスのコントロールが下手なところは、私もマインも同じなのだろうか。何かと似ているところがあるのはわかっているけれど、こんなところまで似なくてもいいのに。
こうしてまた、悩ましい日々が始まった。悩ましいと思うことが「肝」に悪いのかもしれないが。
マインの膿は日に日にひどくなっていくように見える。次第に薄切りの肉すらうまく噛めなくなってきた。
どうすればいいのだろうか……。
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