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老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<7> 歯周病対策が見つかった!

 8月後半。マイン15歳6ヶ月。H先生の初回の診療はカウンセリングと鍼灸治療で約1時間半。往診という形で診療を受けるのは初めてで、マインはまず逃げようとした。家に来てもらうなら、私の友人のように歓迎するかと思ったが、それとは何か違うと思ったのだろうか。動物病院とは違う我が出るらしい。

 それでも、H先生には飼い主のあれやこれやの悩みを受け止めてもらって、私はずいぶん気持ちが楽になった。気持ちが楽になると、マインに対しても落ち着いて接することができる。当面、様子を見ながら2週間に1回のペースで来てもらうことにした。

 鍼灸は関節炎と歯周病に効くツボを中心に行ってもらった。しかし、歯周病に効くとは言っても、口の中の膿みや舌のただれ、歯茎の腫れが魔法のように消えるわけではなかった。

 ドロドロした膿みだけでも取ってやれたらと思っていた。ある時、寝ているマインの口の周りにコバエが飛んでいるのを見て、その思いはますます強くなった。

 10月に入り、4回目の往診に来てもらっている時にその話をしていると、H先生が言った。

「物理的に取ってしまわないと……お風呂場かどこかで……シリンジで口の中に水を入れて洗い流すとか……」

 なかなか豪快な提案だ。マインがいつもかかっている動物病院の先生はまず言いそうにない。

 マインがシリンジを受け入れるとは思えなかったが、「物理的に」「洗い流す」という発想は、それまでの私にはなかったもので、考え方を変える大きなヒントになった。

 

 たしかにそうだ。「物理的に」と言われてみると、これまで私は「歯のケアになる」いろいろなものを使ってはいたが、いずれも「間接的に」何らかの(願わくは劇的な)効果を期待していただけだった。でも、それで状態が一向に改善しないのは、私自身が一番よくわかっている。

 また、歯磨きをしようとして、私はとにかく歯そのものを狙って触れようとしていた。でも、歯ではなく、口の中を意識して「洗い流す」ことで、とにかくドロドロを取ってやるとすれば……。 

 ちょうどH先生からは「マコモ」のサンプルをもらっていた。マコモは、イネ科の「真菰(まこも)」の茎の部分を発酵させて粉末にしたもの。これも、飲み水に混ぜるだけでも多少の効果はあるというので、先生が持ってきてくれたのだった。

 しかも、サンプルといっても、飲み水に混ぜるだけにしては、結構な量をもらっていた。これだけあれば多少、大胆に使っても惜しくはない。このマコモ水で口の中を「洗い流す」ことはできないだろうか。

 とにかく口を触ろうとすると激しく抵抗するのだ。だから、指にガーゼを巻いて外から歯を触るなどというのは無理。でも、抵抗して口を開けている間に、丸めたガーゼみたいなのをさっと入れるのならできるのではないか。それにドロドロが絡まってくれば……。

 

 何だかうまくいきそうな気がする。そこで早速、古い綿のシャツを5センチx15センチくらいに切り、口の中に入るくらいの結び目を作って、マコモを溶かした水に浸し、マインをしっかり横抱きにして、布切れを口に近づけ、抵抗して口を開けたところで、横から入れてみた。

 ガシ!

 マインは思い切り布を噛んだ。私にとっては、歯を狙って触ろうとするよりずっと簡単である。そして、当然抵抗するマインがガシガシして吐き出した布切れは、やった!ドロドロだ!

 面白いように、と言っては、嫌がっているマインに悪いが、膿みが取れるわ、取れるわ。

 こんな達成感、仕事でもまず味わったことがない。10月10日のことだった。

 

 それからマコモ水を使っての口内洗浄は毎日続けた。私にとっては、一日のうちで一番楽しみな時間と言ってもよかった。ウキウキしながら、マコモ水を作り、布切れを結ぶ。マインは何が起こるかわかっていて顔を背けているが、私はニコニコして近づいていく。

 大げさに聞こえるかもしれないが、これでマインを歯周病で死なせずにすむと思った。

 歯磨きのつもりではなかったが、結果的には、ガシッと噛んだまま離さない時には、キュッキュと歯も磨けたし、歯茎のマッサージもできた。

 歯石や歯垢に埋もれていた歯が見えてきた。歯石でつながっているだけかもしれないとも言われていたが、歯は意外なほどしっかりしていて、全部揃っていた。

 そうして10日ほど経った頃、往診に来てくれたH先生もその成果に目を丸くしていた。

 口の中のただれも下顎のリンパの腫れも引き、口臭も半減していたのだ。

 

  マインは口内洗浄をされている間は抵抗して、多少は暴れもするが(歯磨きの仕方を説明する本には「歯磨きを楽しいものだと思わせましょう」とあるが、「イヤなものはイヤ」なマインには無理)、生活の質は全体として随分向上したはずである。

 何よりも、また食べることを楽しんでいる。固形物も噛める。

 口の中が気持ち悪くて夜中に何度も起きることもなくなった。シーツが膿みでベトベトになることもない。

 散歩の足取りも軽くなった。これまで下を向いて、何とか足を前に出していたのとは大違いだ。あちこちのにおいを嗅いだりもしている。以前はそんな好奇心すら失っていた。

 やはり、歯が痛くて、口の中が気持ち悪かったのは、それだけ負担が大きかったのだとあらためて思う。

 

 そして、さらに数日がたった頃、横になっているマインの隣に寝そべって頭を撫でていると、マインが顔を上げて、「チュッチュ」をしてくれた。

 ずっと習慣だったそれがなくなったことを、私はひそかにさびしく思っていた。

 うれしい気持ちがじわじわわいてくる。われながら、ここで胸を熱くするのはどうよ、とツッコミを入れたくなるが、逆にそんなことを軽く思えるほど余裕がある。

 よかった、まちゃん。明日もお口、きれいにしようね。

  

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