老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<10> 毎日を楽しく過ごさせてやりたいのだけれど

 マインは年をとってから怒りっぽくなった。もともと神経質なところはあったが、身近にいる人たちには心を許していた。

 だが、最近は私にも警戒心を持っているように見える。私にも、ではなく、私に、と言うべきか。

 最大の理由はわかっている。歯周病対策の口内ケアをするからだ。いつまでたってもこれがマインは大嫌いである。

 症状がおさまっているかぎり、痛くはない方法だと思うのだが、歯周病がひどかった頃に触られた記憶が「嫌なこと」として残っているのかもしれない。「口元に何かされる=痛い」という公式ができあがってしまったのか。

 たしかに、記憶力の良さに驚かされたことは何度もあった。

 3歳くらいだっただろうか。ボール遊びをしながら散歩をしている間に、私が転がしたボール(マインの一番気に入っていたボール)が川に落ちてしまった。その後いつまでも、その川べりの道を通るたびに、ボールが落ちていったところ(防護柵の4本目の支柱脇だった)でピタッと立ち止まり、「あーあ」とでも言いたげに川を見つめ、それから恨めしそうな目を私に向けた。

 頭がいいねぇと思ったり、しつこいなぁと思ったりしたものだ。

 でも、その頃はそこを通り過ぎればけろっとしていたけれど、最近のマインは逆に猜疑心が膨張傾向にある。

 撫でてやろうとしても怒る。それが寝ている間でも、手が触れるとはっと起きたりするから、リラックスできていないのではないかと思ってしまう。

 犬にとって幸せなのは、飼い主がそばにいること。犬の飼い方の本、老犬介護の本を読むと、必ずそう書いてある。

 フリーランスで基本的には家で仕事をしていることが多い私はその点では満点に近いかもしれない。

 しかも、狭い部屋で私が仕事をしている机とマインがいつも寝ているベッドの距離は2メートルもない。ブランケットをはいでいたら掛け、目が覚めたら声をかける(クライアントが見ていたら、「集中していない」と怒られそうだ)。 

 散歩の時間も季節に合わせ、例えば冬なら昼間のあたたかい間にしてやれる(仕事の質と納期の問題だけクリアしていればいいのだと強気である、と言うより、この点に関しては、そこにマインと私の生活がかかっているので必死だ)。

 私がマインの速度に合わせて歩いていると、人には「幸せなワンちゃんね」と言ってもらえる。でも、私が気がかりなのは、マイン自身が日々楽しそうでないのだ。

 口内ケアをする頻度や程度を減らしてやればいいのではないかとも思うが、歯周病は対策が見つかって、かなり良くなっているとはいえ、時々まだ膿混じりのよだれが垂れたりすることもある。

 時には機嫌よく、以前から気に入っていた遊び、例えばバスマットを前足で「もしゃもしゃ」して廊下にまで引っ張ってくるなどすることもあるのだが、そういうのは口の中がすっきりしている時。ごはんの食いつきがいい時もそう。だから、口内ケアはマメにしてやるしかない。

 それなら口内ケア以外の時間を楽しくしてやればいいのだと、張り切って新しいおもちゃを買ってきても、もう興味を示さない。自然が多く、土の上を歩ける公園に連れていっても、盛り上がるどころか迷惑そうである(それよりはいつもの舗装された道の方が慣れていて歩きやすそうだったりする)。

 それに、怒ってばかりだと、「気」が頭にのぼって、下りなくなるのではないかとも思う。最近、首がピクピクッと痙攣するようなことがあるのは、そのせいではないか……。

 あれこれ考え始めるとキリがない。だが、こうなってくると私自身の不安も膨張し、これまでの人生の大切な場面においても、さんざん悩み、あらゆる手を尽くしたつもりだったのに、本当に肝心なことが見えていなかったということが何度となくあったように思われてくるのでどうしようもない。

 それにしても、歯でこんなに苦労するとは思わなかった。いつからか歯磨きをさぼったことが本当に悔やまれる。小さい頃は指にガーゼを巻いて、歯磨きジェルをつけるやり方で、嫌がりながらも諦めておとなしく歯磨きをさせてくれていたのだ。

 特にダックスは歯周病がひどくなることが多いと聞く。一般的に大型犬より小型犬、短頭種より鼻の長い長頭種の方が、歯周病になりやすいそうだ。顎が小さく、歯が密に生えるので、食べかすが溜まりやすいということだろう。

 ため息をつく自分に気づくたびに、自分の思い詰めすぎには気をつけなければと思う。苛々したり、怒ったりしては、マインに伝わってしまう。私は笑っていなければ。

 明日は牛肉でも焼いてやろう。どこかに出かけたりするより、喜ぶのはやっぱりおいしいものかもしれないから。マインも笑ってくれるだろうか。

 

 

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