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老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<5> これでは「モンスター飼い主」

 それからしばらくは、マインの歯周病とそれに付随して起こっているらしい諸症状で、私の頭はいっぱいだった。

 犬の歯周病について調べていると、背筋が寒くなるような恐ろしい話ばかりが目につく。鼻腔に穴が開く。歯の深部の炎症が目の下に広がって、頰が膨らみ、破裂して、そこから膿が出る。下顎の骨が薄くなって骨折する。細菌が心臓、肝臓、腎臓、肝臓などに広がる……。

 なんとしてでも、食い止めなければ。 

 歯周病に効くらしいものは、次々と購入した。飲み水に混ぜるだけでいいという「ハミガキサプリ」。成分は腐食土から抽出したフルボ酸100% だという。味も匂いもないので、飲み水に混ぜておく。

 そして、「熊笹エキス」。口の中の炎症を抑え、粘膜を保護、高い抗菌力で善玉菌を増やし、悪玉菌を減らしてくれるらしい。ドロっとしていて、味はちょっとかりんとうっぽい。

 そしてヨーグルト。ヨーグルトで歯磨きができるというので、歯磨きにはこの手を使うことにした。歯ブラシは怖がるので、まずは指にヨーグルトをつけて、歯を触るところから始めようと思った。  

 触るだけでも、一瞬でも。

 そんな思いで始めたが、それさえままならない。押さえつけても暴れて、筋肉か骨でも痛めそうだ。

 話しかける、笑いかける、褒める、なだめる、歌う、揺らす。

 しかし、犬が変わったように歯をむくマインには何も通じない。

 最後には、こちらがヒステリーを起こし、「歯磨きしないと死んじゃうの!お母さんはあなたともっと一緒にいたいの!」と半泣きで叫び、「あほらし」とばかりに冷ややかに逃げられる始末であった。   

 

 その間にも、歯周病は明らかにどんどん進んでいく。

 特に夜、唾液の分泌が少なくなって、口の中がネバネバするのか、口をくちゃくちゃさせているうちに、眠れなくなるようだった。その都度、ヨーグルト少量を水で溶いて、小皿に入れて飲ませてやる。そんなことが一晩に5、6回はあった。

 やがて、固形物が食べられなくなった。口の中に入れても、すぐに出してしまう。薄焼き卵もダメになった。

 そこで、ごはんはすべてフードプロセッサですりつぶしてやるようになった。それでも、最初に口をつけるまでは、こわごわである。口の中がただれていて、舌の両側が赤く波打ったようになっている。とにかく痛いのだ。

 大好きな食べることが楽しめないのは、どれほど辛いだろうか。

 それを考えるといたたまれず、少しでも喜んで食べるように、牛肉はトッピング用に別にして、少量のオリーブオイルで炒めて風味をよくしてから、すりつぶしたりしていた。

 それでも、食欲そのものがわかないようで、食べる気にさせるまでが一苦労だった。ベッドから出てこようとしないのである。

 起き上がらせるために使ったあの手この手のうち、なかでも「温湿布」は結構気持ちよさそうだったのでうれしかった。

 たらいにお湯を張り、タオルを浸し、固く絞って、背中にあててやる。お湯を入れたポットもそばに用意して、たらいのお湯が冷めたら足す。

 ベランダのローズマリーを2枝ほど摘んできて、お湯に入れておくと、さわやかな香りがほんのりと立ち上る。

「犬のツボ押しBOOK」という本を見ながら、合いそうなところをタオルの上から押してやる。

 マインが気持ちよさそうにして、口元が微笑んでいるように見えると、私の方がほっこりした気分になった。

 

 ある朝、シーツにかなり血がついていた。再び病院に行く。

 診療台が体重計になっていて、いつものように乗せると「3.9キロ」との表示が出て、まずそこからしてショックを受ける。通常は4.7キロ前後。一時は5キロを超えて、太り過ぎを注意されたこともある。

 歯周病ですからね。

 先生は抵抗するマインが口を開けた瞬間にちらっと見ただけでそう言う。

 他に何か原因がないか、調べたいというご希望があれば、鎮静剤を打って、検査をすることは可能ですが、どうしますか。

 希望するかどうかと言われても、希望していいものかどうかわからない。鎮静剤といっても、麻酔ほどではなくても、リスクはあるのだろう。

 抗生物質と痛み止めと止血剤をもらって、また心細く病院を後にした。

 

 それでも、抗生物質と痛み止めを飲むと、とりあえず少しは元気になるのである。

 食欲も出るし、散歩の足取りも軽くなる。

 歯周病が進み始めてから、家の中で狭いところに入り込んで、出てこれなくなったり、トイレを失敗したりということも起こり始めていたが、それもなくなる。

 頭がぼーっとしているのが、「しゃんとする」感じになる。

 それでも、薬が切れると、すぐにぶり返す。そこで、続けて使えないかと聞くと、いずれも長期間服用するものではないと言われた。

 特に、処方されていた「リマダイル」という痛み止めは腎臓に負担が大きいらしい。

 

 そんなこんなで、この頃、病院にはしょっちゅう行っていた。  

 

 夜中、口が気持ち悪くて寝られないみたいなんです。

 毎日シーツを洗濯しなければならないほど、膿と血が出ます。

 いつもカーペットに口をこすりつけています。

 手を舐め続けるので、かぶれるのではないかと心配です。

 散歩をしていても、膿の混じったよだれがたれてくるんです。   

 

 こんならちの開かない訴えをどれほどしただろうか。 挙げ句の果てには、連れていっても、口の中をあまり見てもらえない(ように思った)ことが不安で、家で大きく口を開けた時に、スマホで写真を撮って、「これはやはりひどくないでしょうか」とメールを送るまでした。私自身、それで何を言ってほしかったのか。

 その都度、先生は、抗生物質と痛み止めと止血剤を出してくれて、希望があれば鎮静剤を使って検査をすると、同じ答えを繰り返した。

 今から思えば、よく嫌な顔もせず、対応してくれたものだと思う。

 私は、自分が歯磨きをサボって歯周病にしてしまったこと、そして、正直なところ、歯周病が目に見えるようになってから、あらためて頑張ろうとしてもやはりうまくできないことを棚に上げて、ただ「なんとかしてください」と言っていたのだから。

 こうなると、立派な「モンスター飼い主」だ。

  

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