老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<26> 老犬の繊細なおなか事情

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 梅雨明け前から連日30度越えが続いた7月、この夏は老犬にはとりわけこたえそうだと覚悟した矢先、マインがおなかの調子を崩した。

 朝方4時、「ちー」に起きたので、作りおきのスープをやろうとすると(そういうパターンになっていた)、おなかから「きゅるきゅる」の音。そして、スープを入れた小皿には横を向いた。

 マインの場合、「きゅるきゅる」「出された食べ物から顔を背ける」の二つが揃ったら、調子が悪いということになっている。

 またしても、12歳の時に肝炎と膵炎になった時の記憶がよみがえった。でも、半年前だったか、前回、同じような状態になった時は、H先生に教えてもらった通り、腹巻をして温灸をしたら自力で治ったはずだ。

「日頃の気持ちのデフォルト=不安」だと、どうしても悪い方の記憶が先に頭に浮かぶ

 自分に「冷静に、冷静に」と言い聞かせて、良い方の経験を頼りにマインに冬の腹巻をして、「せんねん灸太陽」を背中に1つ、おなかに2つ貼った。実は夏になっても「外の暑さと老犬の体の冷えは別」とH先生に聞いていて、温灸は毎晩貼っていたのだが、3つは緊急対応である。

 午前中、きゅるきゅるは断続的に続いた。食欲はなかった。気持ちが悪いのか、しょっちゅう起きてはうろうろする。うろうろするときゅるきゅるが激しくなるので寝ていて欲しいのだが、こちらの思うようにはいかない。

 それでも何度かベッドに戻したり、温灸を取り替えたりしているうちに、午後遅くには次第にきゅるきゅるもおさまってきて、穏やかな寝息を立て始めた。夜には少し食欲も出て、翌日の昼ごろからはほぼ普通に戻った。

 

 もっとも、今回は予兆がなかったわけではなく、原因の心当たりもあった。

 そのころ、夜、寝る前くらいにおなかが鳴ることがあった。それほど長く続くわけではないのだが、「ぐにゅ」という音がした。

 食べさせすぎた時だった。

 それも、私が自分用にズッキーニやナスやカボチャをオリーブオイルで焼いたのを、刻んでいつものごはんに足してやった時だった。

 それらの野菜は家庭菜園が趣味の実家の父から届いたものである。そして「夏野菜をオリーブオイルで焼いて塩」は私の定番である。

 そうこうしていたある日、オリーブオイルで輪切りにしたズッキーニを焼いているとマインが足元にやってきた。そこで、ちょっとやると、マインは目を丸くして、それからグイグイ寄ってきた。

 マインにとって楽しいことを増やしてやりたいと思っていた私には、それがなんともうれしくて、それ以来、ついついやりすぎていたのである。

 老犬になって「太る」ということはなくなってきたので、オリーブオイルくらい……と思っていたのだが、やはり重かったのだろう。結構、野菜がオイルを吸っていることはわかっていて、やる前にキッチンペーパーで表面を押さえたりはしていたのだが、その程度ではさほど変わらなかったらしい。老犬のおなかは繊細なのだ。

 オリーブオイルで焼いた野菜でなくても、グイグイとは来なくても、マインは基本的にはパクパクなんでも食べる。それだけでありがたい。余計なことはしない方がいいのだ。

 

 繊細といえば、マインにとっては、食べ物の「出され方」が結構大事らしい。

 何であっても、出す時に、うやうやしくもったいをつけると、まんざらでもない様子を見せる。

 例えば、野菜の煮汁にちょっとチーズを溶かしたら「北海道チーズが溶け込んだ濃厚ポタージュ」

 豚の挽肉を丸めて焼いて、トマトの刻んだのを乗せたら「ポークハンバーグのフレッシュトマト添え」

 キャベツの茹でたのでかぼちゃのペーストを挟んだら「キャベツとかぼちゃのミルフィーユ仕立て」

 そんなことを言いながら「いかが?」と出すと、「どれどれ、ちょっといただいてみようかね」という顔で食べ始める。

 毎日食べる普通のヨーグルトでも「今日は暑いからさっぱりしたものが口当たりがいいかと思って」などと言うと、「そのようね」と納得しているように見える。

 飼い主の思い込みといえばそれまでだが、何かあるのかもしれないとも思う。

 

 そんな時、私はよく祖母を思い出す。「超」がつくお嬢様として育った祖母は、晩年、高齢者施設で暮らすようになっても、そこがホテルだと信じていた。入居者のために考えられたイベントはすべてパーティーだった。

 「マインとおばあちゃんが似てる」と言うと、そんな祖母に苦労させられたと思っている母は「いやあね」とほんとうに困った顔をする。

 母は今年77歳。82歳の父と今は二人で、父の作った野菜をせっせと消費しながら元気に暮らしているので助かっているが、前回、実家に帰った時、私が帰るといつも調子に乗って軽口ばかりたたいて母に嫌がられている父が、「お母さんを頼むで」とめずらしくわりと真面目な顔で言った。

 兄弟の中で女は一人、しかも気楽な独り身となると、いずれはそうなるかもしれないとは思っている。

 祖母に苦労させられたとはいっても、母にしても、私からすれば結構なお嬢様である。祖母は施設の担当の方がうまくのせてくれていたが、母は、マインに今、やっているような方法で機嫌よくなってくれるだろうか。

 あと、もう少しマインが生きてくれたら、マインと暮らした年月の方が、両親と暮らした年月よりも長くなる。ある程度生きてきて、一緒に過ごしてきた人たちや犬(マインのみ)を10年とか20年とかのスパンで振り返れるようになった。いま、人生はどのあたりなのだろう。凪のような時間には自分の揺ればかりが気になってしまう。

 

 

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