老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<16> 愛犬とのふたり暮らし、春の妄想

f:id:bassotto:20170306081845j:plain

 元テレビキャスターでタレントだった山口美江さんのことを時々思い出す。「元祖バイリンギャル」と言われ、1987年に「しば漬け食べたい」のコマーシャルで一躍脚光を浴びた。その後はバラエティやドラマで幅広く活躍。40代から50代であれば、そのはつらつとした姿を覚えている人も多いかもしれない。それでも、1996年には父親の介護のために芸能界を実質的に引退、2006年にその父親を見送った後は、介護問題についての講演活動に力を入れていた。

 とは言っても、私が彼女を忘れられないのはそういった活動ゆえではない。何より印象的だったのはその最期だった。彼女は2012年3月8日、自宅で亡くなっているのを発見された。享年51歳。死因は心不全。それ以前から体調不良に悩まされ、病院に通い、検査も受けていたという。亡くなったのは前日の7日らしい。見つけたのは近所に住んでいたいとこの女性。

 当時のマスコミは「ひとり暮らしの自宅で孤独死」と伝えた。だが、社会的に見ればそうでも、犬や猫と暮らしている人から見ればそれは違う。そう、犬がいた。当時11歳のパグのBOYと1歳のポメラニアンのJOY。BOYとJOYは倒れている彼女のまわりでおろおろしていたらしい。

 どこかで何か予感があったのかもしれない。1年くらい前から「もし私がいなくなったら、あの子たちをお願い」「私に何かあったらわかってもらえるように、普段から散歩の時には近所の人たちに挨拶しているの」などと話していたという。亡くなった日になるのだろうか、7日にもいつも通り、愛犬を連れて散歩をする姿を近所の人が見かけていた。

 BOYとJOYは親戚に引き取られたらしい。BOYはマインと同じ年だった。山口美江さんが亡くなって5年。16歳になるはずのいま、どこかで元気にしているだろうか

 彼女のことを考えるのは、自分を重ねてしまうからだ。年齢も近い。マインとの気ままなふたり暮らしは望んだもので、ここがようやく自分の行き着いた場所だとつくづく思うのだが、時々ふと頭をよぎるのは、私が急に死んでしまったら、ということ。

 完全にフリーランスで、仕事をするのは8割が自宅。マインの老化が顕著になってからは、できるだけ外出が少なくてすむ仕事を増やしている。仕事で人と会うのは、打ち合わせや取材の時ぐらい。家族や友人にしても、毎日会ったり、電話やメールをしたりするわけではない。マインのおかげで都会に住んでいるわりには近所に顔見知りは多いが、家を行き来するような関係ではない。

 そうなると、私がある朝、事切れていたら、発見されるまでに何日かかるだろう。山口美江さんのように翌日見つかるとは思えない。それまでマインはもつのだろうか

 そんなことを思いながら、マインの朝ごはんの支度をしていたら、いつのまにかマインは自分のベッドを出て、まだ上げていなかった私の布団の中に潜っていた。前の冬まではいつもやっていたことなのだが、この冬はしなくなっていた。これでまた思い出してしばらくやるだろうか。春は近いと言っても、まだ朝は肌寒い。私はまだまだマインのために、ぬくい布団の抜けあとを作ってやらなければならない。

 もっとも、ふと不安が頭をよぎると言っても、山口美江さんのように深刻な体調不良があるわけでもない。さあ、春の妄想を笑い飛ばそう。マインが今日も普通に食べ、「ちー」と「う」をして、歩いて、眠ってくれること。それが現実的かつ切実な願い。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。
ランキング参加しています。下のバナーをクリックしていただけるとうれしいです。

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ

にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ