<12>自宅で温活!「棒灸」でぽかぽか
「棒灸はおうちでもできますよ」
H先生はそう言って、まさに1本の「棒」を取り出した。
私は、マインが12歳の時、西洋の薬でどうにもならなかった肝炎と膵炎に漢方が劇的な効果を発揮したことから、マインには東洋医学のものが何かといいのではないかと、鍼灸治療も受けさせているのだが、実は自分では経験したことがない。
棒灸についても、ツボ押しの本などで紹介されているのは見ていたが、実物を見るのは初めてだった。
要は、もぐさを固めて棒状にして、紙が巻いてあるものとのこと。大きなタバコのような感じ。直径は2センチもないくらいで、長さは20センチくらいだろうか。
先端に火をつけ、身体から3センチから4センチぐらい離してあてる。身体の表面を触って、ほんのりあたたかくなっていれば良い。表面はほんのりでも、体内に温熱がしっかり広がっているそうだ。
マインも抵抗がなさそうだったので、とりあえず一本分けてもらった。
自分でやってみて、唯一気になったのは煙だった。
煙はもともと嫌いではない。子供の頃には、焚き火を見ると、わざわざ煙を浴びに行ったものだ。
でも、今は何しろ住んでいるのが狭いマンションの一室。火災警報器が作動したら厄介である。
だからと言って、あたたまりたいからこそ使うのに、その間、窓を開けっ放しにするのは、なんとも残念だ。
そう思っていると、ネットで「無煙棒灸」を見つけた。やはり煙を気にする人は多いのだ。鍼灸院でもテナント契約で煙が出るものは使えなかったり、髪や服に煙のにおいがつくのを嫌がる人が多かったりして、需要は高いらしい。
無煙棒灸は、もぐさを粉砕、炭化することで煙を抑えてあるそうで、見るからに「炭」っぽい。
太さや長さは何種類かあるようだが、私は太さ14ミリ、長さ110ミリの「irodoriシリーズRINDOU」というのを買った。 大きすぎず、小さすぎず、取り回しがしやすいサイズのような気がする。
値段はある程度高いものの方がいいと聞いていた。もぐさの精製率(1キロのもぐさを作るのに何キロの乾燥よもぎを使ったかということが分数で示される)が違うそうだ。
精製率が低いと匂いも悪いし、火も安定しない。ちなみに私が買った商品は1/15だった。5本で1080円。1本で110分もつらしい。これでマインが気持ち良いなら安いもの。
消す時に使う「香炉灰」も一緒に買った。この灰の中に差し込んで消す。紙の棒灸はアルミでも巻けば消えるらしいが、無煙棒灸は何しろ炭火なので、灰に押し込むか、水をかけるかする必要がある。
こうして買った棒灸は結構「あたり」だったようだ。
マインが喜ぶかとついつい買ってしまうものは、食べものからおもちゃまで何かとあるが、「はずれ」のことも結構多い。特に年を取ってからは難しい。そのなかで「あたり」は嬉しい。
何かと警戒心が強くなっているので、逃げるかと思ったが、それもなかった。手で押さえられたりするわけでもなく、背中からほわんとあたたかくなってくるのがいいらしい。棒や先端の火も本犬からは見えない。
無煙といってもまったく煙が出ないわけではなく、もぐさの香りも残っている。もぐさの煙や香りには、副交感神経を活性化し、自律神経機能を整える働きがあるという。つまり、リラックス効果が期待できる。
それもあって、棒灸タイムは大抵、口内洗浄の後にした。嫌な思いをして、興奮しているのが、落ち着いてくれれば、と願ってのことだ。
おすわりやふせの姿勢で始めるのだが、マインはそのうちに脱力して、脚を伸ばして胸をつけ、次にあごもつけ、最後には横になったり、丸くなったりして、さらにうまくいけば寝息まで立て始める。無防備な姿を見ていると、うんうん、うんうんと、ただうなずきたくなる。
こんなことをここで考える必要はまったくないのだが、いつか、こんなふうに、この子を看取るのだろうかと想像する。こんなふうに穏やかであれば、とも。
広い範囲をあたためるなら、先端を回しながら位置を少しずつずらしていくといいらしいので、腰を中心に、背中、首、お尻、横になって寝ていればお腹にも、くるくるくるくるあてていく。
その動きと連動するように、マインが小さかったころの思い出も、くるくるくるくるよみがえる。
一時は5キロを超えて先生に注意された体重も、今は4.5キロくらい。子どもの頃の体重に戻った。
そんなあれこれに思いを巡らせていると、マインは自ら身体を反対向きにしたりする。「こっちの面も」とでもいうように。
はいはい。
もう恩返しだな。
小さな身体の中がじわじわあたたかくなるのを想像すると、なんだか張り切ってしまって、ついつい長々と続けてしまう。いつのまにか20分たっていたということもざらである。
何かしてやれることが見つかった。ボール投げで目をキラキラさせることはもうないけれど、お灸でトロトロしてくれるなら、それでいい。
棒灸を持っている右手に熱が伝わってきてあたたかい。熱が逃げないように、左手をかざしていると、両手がぽかぽかしてくるのを感じる。
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