老犬とポラロイド

いつまでも続いてほしい、でも決して長くはない、老いゆく愛犬との大切な日々。

<6> 鍼灸を試す

 春先からの椎間板ヘルニア歯周病、そのほか、老化にともなってマインに起きたさまざまな変化は、すべて初めて経験することで、私も次第に疲れてきていた。

 特に最近は、毎日夜中、口が気持ち悪くて眠れないマインにヨーグルトや熊笹エキスを溶かした水を与えるために何回も起きていたので、基本的には寝不足だった。

「気になることがあったらいつでも来てください」と動物病院の先生に言われていたが、気になることがあるたびにいちいち行っても仕方がないのだということもわかりかけていた。

 誰かに相談したかった。誰かに話を聞いてもらいたかった。

 一緒にかわいがってくれる人もいたのだが、その人はいつの間にか去ってしまっていた。「いつの間にか」とは、後から気づけばということなので、私もなんとも鈍感だったものだ。

 マインは彼のことが大好きだった。泊まっていった日の翌朝、ふたりはなぜかいつも相似形になってコロコロと寝ていた。私のスマホの写真アルバムにはさまざまな相似形の写真が入っている。

 マインはどう思っているだろう。でも、フリーランスのクリエイターで、作業に没頭すると時間の感覚がなくなってしまい、1週間や10日スタジオから出てこないことは特別でもなんでもなかったから、それと同じように信じて待っているだけだろうか。

 いや、それは私か。

 ただ、毎日夕方、彼がやってくる時間になると、玄関に行って、伏せの姿勢でドアを見つめていたマインにしても、自分の変化とともに、その習慣をいつの間にか忘れてしまったらしいのは、よかったのか、どうだったのか。

 

 老犬のケアについて、いろいろ調べていて、気になってきたのが鍼灸だった。もともと、漢方の力には納得していたので、東洋医学によるホリスティックなアプローチには興味があった。

 ただ、動物病院は数多いものの、鍼灸を取り入れているところはまだ少ない。人間の鍼灸院はなぜか近所にコンビニ並みにあるが(自宅から最寄りの駅までは徒歩で約8分だが、その間にコンビニが5軒、鍼灸院が5軒ある)、動物に鍼灸治療を行うには、獣医資格がないとできないのだそうだ。

 それでも、いくつか見つけて、最初に行ったのは、横浜の老犬専門のクリニックだった。老犬専門だけあって、飼い主である私の悩みもよく理解してくれて、マインも機嫌よく、鍼灸も抵抗なさそうにしていたのだが、通い続けるのは難しそうだった。

 スリングあるいはカートを使って電車で行けば、ドアツードアで1時間半はかかってしまう。しかも、あの渋谷で電車を乗り換えるのは、かなり恐ろしい。

 初回は、彼に車で連れていってもらったのだが、月に一度であっても、毎回頼むのは気が引けた。もとより、それから間もなくいなくなったのだから、頼むも何もない。

 次に見つけたクリニックは、タクシーなら10分くらいで行けるところでオゾン療法も併用しているところだったが、不信感を覚えることがあって、一度でやめてしまった。

 最後に出会ったのが今もお世話になっているH先生だ。往診専門で家まで来てもらえるのも、年老いた犬、車のない飼い主にはありがたい。

 H先生との出会いで、マインと私はおおいに救われた。

 

 鍼について調べ始めた頃は、マインがハリネズミ状になるところを想像していた。たしかにそういうやり方もあるらしいのだが、私が出会った3人の先生は2、3本の針しか使わない。いずれも「日本獣医中医薬学院」という、獣医師が東洋医学を学ぶための学校の卒業生で、そこでは少ない針で高い効果を上げる技術を習得するらしい。

 その方法は「V3-EAS(獣医3-E針法)」といい、日本獣医中医薬学院のホームページには次のように説明されている。

V3-EAS(Veterinary 3-E Acupuncture System; V3-EAS)、すなわち獣医3-E針法とは、3-E針法を獣医領域に応用、開発したものです。3-E針法は、伝統的な中医学理論に則り、故・温雪楓博士の理論を加味し、少数にして精な針と独特のテクニックを特徴とする温博士発明による針法です。3-Eは、Economy(精簡)、Efficient(快速)、Effective(実効)の3つの頭文字を表しています。

 何より、東洋医学の診療が一般的な動物病院のそれと大きく違うと思ったのは、「触ってわかる」ことだ。たとえば、動物病院では、触ってキャンとでも言えばわかってもらえるが、そうでなければ「犬はしゃべってくれませんからね」で終わってしまい、「では、一応、痛み止めで様子をみましょう」ということになる。

 H先生は、身体をゆっくり触って、「ここに痛みがありますね」「水分が不足していますね」などと言ってくれる。

 つくづく、人の手というのはすごいものだ。

  

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