<1> 15歳で椎間板ヘルニアを発症
愛犬、ダックスフンドのマインは2016年2月に15歳になった。とても元気な15歳で、びゅんびゅん走り、散歩で出会う他の犬の飼い主には驚かれたり、羨ましがられたりして、私も結構いい気になっていた。
食べることも大好きで、キッチンで「ごはん」を用意している時は足元に張り付き、「さあ、できたよ」と本犬の食事スペースまで持っていく時には、ほんの数メートルながら最速の「ごはんダッシュ」を見せてくれた。
15歳になって約1ヶ月、いつもの通りの朝だった。何種類かの茹でた野菜を細かく刻み、納豆を混ぜて、大好きな肉をトッピングした、いつもの通りの朝ごはんを作る。マインは早く食べたくてそわそわ、うろうろしている。
作ったこちらが嬉しくなるような食いつきぶりを見届け、キッチンに戻ろうとした、その時だった。「キャン!」 これまで聞いたことがないような、悲鳴にも似た甲高い声がした。
驚いて振り向くと、本犬も驚いたように、背中を猫のように丸め、立ちすくんでいる。近づいて抱き上げようとすると、背中を丸めたまま、必死で逃げようとする。
あっと思った。
話にはよく聞いていた。突然、「キャン」という声で始まるということも。
タクシーで病院に向かった。かかりつけの動物病院は前に住んでいたところの近くで、引っ越してからは大抵、地下鉄を利用していた。比較的空いている路線の2駅で、スリングにすっぽり入れれば大人しくしているので、たいしたことはない。でも、今日は少しでも動かさないほうがいいのだろう。
そして、やはり、椎間板ヘルニアだった。それでもまだ歩けるので、軽度とのこと。
入院して、絶対安静にして、点滴(エラスポール)で「ガッチリ治す」ことを勧められた。でも、高齢になってきて、以前にも増して、どこよりも家が好きになってきたマインにはストレスが大きすぎる。注射(エラスポール)を1本打ってもらい、あとは家で投薬治療ということにした。
帰宅してから調べてみると、エラスポールは人間の肺炎の薬らしい。炎症反応を抑える効果が高いことから、犬の椎間板ヘルニアの治療にも使われるようになったのだという。
薬はビタミンB(ノイロビタン)、抗炎症剤のステロイド(ブレドニゾロン)、血流改善薬(リマルモン)の3種類が7日分。ただ、もらった時から、のまないだろうという予想はついていた。
マインは12歳で重い肝炎を患い、大変な思いで何種類もの薬をのんでも治らなかった時から、大の薬(西洋薬)嫌いである。不信と言った方がいいかもしれない。
その時でもマインが進んでのんだのは、ネットで探した漢方薬局で処方してもらった薬だった。実際、マインはみるみる元気になっていったのだ。
愛犬の薬嫌いを不安がる私に漢方薬局の薬剤師は「犬や猫は本物をよくわかっていて、自分に必要だと思ったらのみますよ」と自信満々に言い、その時は半信半疑だったが、マインの様子を見ていると、それも納得せざるを得ないのだった。
それ以来、その薬局で気になることを折々相談しながら、健康維持のためにずっと漢方薬を与えている。そこで、今回もすぐに電話して、これまでの薬にヘルニアに効く薬を足して、送ってもらった。「独歩顆粒」というその名からして頼もしい。
その夜、マインは顔を上げ、目を開け、寝落ちしそうになりながらもずっと起きていた。疲れているだろうに、警戒しているのか、痛みがあるのか、見守ることしかできないのが、なんとももどかしい。
食欲はないようで、牛、豚、鶏、レバー、チーズ、ヨーグルト、何を目の前に出しても、悲しそうに横を向く。
とにかくそっとしておくしかなかった。朝方になったら、落ち着いて横になっていて、寝息も立てていた。
翌日午前中には、少しは元気になったようで、「ちー(おしっこ)」も自分で行った。ごはんは手から食べさせた。これまで通りに器に出しても食べたのかもしれないが、この間、その姿勢で「キャン」が来たので、私の方がこわかった。
あとはゆっくり寝ていた。年をとってからの発症したのは、まだよかったのかもしれない。「ケージレスト(絶対安静)」と言われていたが、無理にケージに入れたりしないでも、落ち着いて寝ていられる。もっとも、ケージは持ってもいないのだが。耳はもう遠くなっていたので、玄関チャイムの「ピンポーン」にも反応しない。
ゆっくりしていようね。ちょっと散歩はお休みだね。
後から思えば、その時、そんな呑気な考えができたのは、椎間板ヘルニアといっても幸い「グレード1」という軽度で、また少しずつリハビリをしていけば、元気になるのだと単純に考えていたからだ。
他はどこも悪くないのだから。
リオで開催されるオリンピックを半年後に控え、4年後の東京オリンピックの話題も盛り上がっており、私はそれもマインと一緒に見るつもりだった。
でも実際は、ここからマインの本格的な老化が始まったのだった。階段をトントンと降りるように、マインは年をとっていった。
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